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札幌地方裁判所 昭和51年(ワ)216号 判決

原告

鈴木とくゑ

右訴訟代理人

庭山四郎

外二名

被告

北海道瓦斯株式会社

右代表者

椿原健督

右訴訟代理人

廣井淳

外三名

被告

右代表者法務大臣

倉石忠雄

右指定代理人

梅津和宏

外四名

主文

一  被告北海道瓦斯株式会社は原告に対し、金二〇八四万四六四三円及びこれに対する昭和五〇年一月一六日以降右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告北海道瓦斯株式会社に対するその余の請求及び被告国に対する請求はいずれもこれを棄却する。

三  訴訟費用は、原告に生じた費用の二分の一と被告北海道瓦斯株式会社に生じた費用を同被告の負担とし、原告に生じたその余の費用と被告国に生じた費用を原告の負担とする。

四  この判決の主文第一項は、原告において被告北海道瓦斯株式会社に対し金八〇〇万円の担保を供するときは、仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一事故の発生

原告主張の請求原因一の事実の内、死因の点を除く事実は当事者間に争いがない。そして、〈証拠〉によれば、本件湯沸器が燃焼中に不完全燃焼し、一酸化炭素が多量に発生したため、鈴木哲也は入浴中に一酸化炭素中毒で死亡したことが認められ、右認定を動かすに足りる証拠はない。

二事故の原因

1  被告会社が昭和四九年一〇月一六日午前零時、札幌市内の約一三万世帯に供給していた都市ガスの熱量を一立方メートルにつき三六〇〇キロカロリーから五〇〇〇キロカロリーに変更したこと(本件熱量変更)は当事者間に争いがなく、本件熱量変更後の本件湯沸器の内圧は水柱三九ミリメートルが基準値であることは被告会社の自白するところである。

2  〈証拠〉を総合すれば、

(一)  セントラルコーポは、昭和四六年九月建築された地上一〇階建のビルディングで、八〇一号室はその八階北西部分にあるAタイプ、一DK住居面積35.312平方メートルの室であり、本件湯沸器は西独製ヴァイラントUS―10型で八〇一号室の洗面所に取り付けられていたもので、浴室のバス及びシャワー用としても使用されていたこと

(二)  本件湯沸器の排気設備は、セントラルコーポ建築時から昭和五〇年二月ころまでは、四〇一号室、五〇一号室、六〇一号室、七〇一号室、八〇一号室、九〇一号室、一〇〇一号室の各湯沸器からの排気筒を集めて一本の垂直ダクトとしてセントラルコーポ北側の壁から屋上に出たものが、屋上で水平方向に曲がつた後、その先端の下面から排気されるようになつており、右下面排気口には金網が張つてあるため、冬には雪や氷が右金網に付着して排気を妨げることがあり、また、強制排気設備はなく、自然排気方式であり、風の強いとき等に湯沸器への吹き返しが生ずることがあつたこと(以下、旧排気設備という)

(三)  被告会社は、本件事故発生後の昭和五〇年二月六日セントラルコーポの管理者に対し、セントラルコーポ四〇一号室、五〇一号室、六〇一号室、七〇一号室、八〇一号室、九〇一号室、一〇〇一号室の排気設備について、単独排気筒にするか、単独排気筒が困難な場合はガス湯沸器をバランス型強制排気式に取り替えるよう給排気設備の改善方を勧告し、右勧告に従つてセントラルコーポ右各室の排気設備は各室独立で排気口がH型のハイステンレス製単独排気筒に改造されたこと(以下、新排気設備という)

(四)  北海道警察が昭和五〇年一月二〇日旧排気設備のもとで八〇一号室において行つた本件湯沸器の検査及び燃焼実験によれば、本件湯沸器のメーンバーナノズルは、本件熱量変更に伴つてなされるべき器具調整方法どおり2.3φノズル(後記認定参照)に交換されていたが、内圧については、本件熱量変更前の基準値が水柱四六ミリメートルであつたのに対し、熱量変更後のそれは水柱三九ミリメートル(この点は前記のように被告会社において自白するところである)であるのに水柱四九ないし五二ミリメートルに誤調整されていたこと、内圧を四九ないし五二ミリメートルのままで燃焼させて一酸化炭素の濃度を測定すると、旧排気設備のダクト(排気筒)につながない場合本件湯沸器排気筒直上で二〇〇PPM、右ダクトにつないだ場合本件湯沸器バフラー内で四〇〇PPMの一酸化炭素が検知され、浴室の床上1.4メートルの位置で右ダクトにつないだ場合点火後一〇分で三〇〇PPM、同二〇分で一〇〇〇PPM強、同三〇分で五〇〇〇PPM強の一酸化炭素が検知されたこと、次に内圧のみ水柱三九ミリメートルに調整して、同様の実験を行うと、右ダクトにつながない場合、本件湯沸器排気筒直上では、点火後遅くとも五五分の時点においては一酸化炭素は検知されず、浴室の床上1.4メートルの位置で右ダクトにつないだ場合、点火後一〇分でも検知されず、二〇分後二〇〇PPM、三〇分後二〇〇PPM、四〇分後三〇〇PPM、五〇分後三〇〇PPMの一酸化炭素が検知されたこと、右実験中右ダクトから吹き返しがあつたこと

(五)  北海道警察が同年四月二日新排気設備のもとで八〇一号室において行つた本件湯沸器の再燃焼実験によれば、本件湯沸器内胴上(バフラー下)では新排気設備のダクト(排気筒)の有(この場合は内圧水柱三九ミリメートルに調整して実験された)無(この場合は同五〇ミリメートルに調整して実験された)にかかわらず一酸化炭素は検知されず、浴室の床上1.4メートルの位置で右ダクトにつないだ場合、内圧水柱三九ミリメートルで点火後一〇分、二〇分、五〇分いずれの場合も一酸化炭素は検知されず、内圧水柱五〇ミリメートルで点火後三〇分、五〇分いずれの場合も一酸化炭素は検知されなかつたこと、右実験中右ダクトから吹き返しはなく排気が順調にされていたこと

(六)  右(四)及び(五)記載の各燃焼実験に使用された一酸化炭素検知器の検知下限は一〇PPMであること

(七)  セントラルコーポ建築後、本件熱量変更に至るまでセントラルコーポにおいてガス中毒事故は生じておらず、また、本件事故後、新排気設備に改造された後においてもガス中毒事故は生じていないこと

(八)  ガス事業法三九条の二ないし五、ガス用品の検定等に関する省令六条によれば、排気筒のつくガス瞬間湯沸器の検定の技術上の基準につき、廃ガス中の一酸化炭素の二酸化炭素に対する比は点火一五分後に廃ガス排出部において0.02以下であることと規定されており、二酸化炭素の空気中濃度を六パーセントとみて右基準を一酸化炭素の空気中濃度に換算するときは0.12パーセント(一二〇〇PPM)以下となること

(九)  財団法人日本ガス機器検査協会が行つたガス器具の燃焼テストでは、本件湯沸器とほぼ同型器であるヴァイラントUS―10T/Zは、内圧水柱約七〇ミリメートルで排気筒閉塞時においても、一酸化炭素の空気中濃度五三〇PPM、二酸化炭素に対する比は0.0069であり、前記ガス用品検定の技術上の基準はみたしていること

(一〇)  空気中の一酸化炭素濃度と中毒症状の関係については、一般に、一酸化炭素の空気中の濃度が二〇〇ないし三〇〇PPMでは五ないし六時間吸入しても頭痛や不快感を生ずる程度であるが、一〇〇〇PPM以上では、1.5ないし三時間の吸収で意識もうろう、呼吸困難、昏睡等が生じ、五〇〇〇PPM以上では遅くとも三〇分間の吸収で死亡すること

が認められ、右認定に反する証拠はない。

3  以上によれば、(1)本件湯沸器の排気筒直上で検知される空気中の一酸化炭素濃度は、排気設備のダクトにつながない場合において、二度の燃焼実験を通じて最大二〇〇PPMであつて、内圧の値が水柱四九ないし五二ミリメートルであつても、前記ガス用品の検定の技術上の基準は一応満たしていると推認されること、(2)本件湯沸器を右ダクトにつないで燃焼させ、浴室内で一酸化炭素濃度を測定すると、旧排気設備でダクトから吹返しのある場合でも、内圧が基準値に調整されているときには、一酸化炭素の発生は致死量に達する程ではないこと、(3)内圧が水柱五〇ミリメートル前後であつても、新排気設備であれば、一酸化炭素は検知されないこと、(4)内圧が四九ないし五二ミリメートルでかつ旧排気設備のときに、致死量に達する程の一酸化炭素の異常な発生があること、が明らかである。

そして、右(2)ないし(4)の事実のほか前記認定事実を総合すれば、本件事故は、本件熱量変更があつたにもかかわらず、旧排気設備のままで、かつ、内圧を水柱三九ミリメートルに調整すべきところ四九ないし五二ミリメートルに誤調整されていたために生じたものであると推認される。

三被告会社の責任

1  被告会社が明治四四年にガスの製造及び供給、ガス器械製作及び販売等を目的として設立された法人であり、昭和四九年当時前記のように札幌市内の約一三万世帯に都市ガスを供給していたガス事業法にいうガス事業者であること、本件熱量変更計画が被告会社の事業上の必要から立案されたこと、札幌市民はガスの供給を受けようと思えば被告会社と契約を締結せざるを得ず、また、五〇〇〇キロカロリーのガスの供給を拒否する自由はないこと、被告会社がガスに関する専門的知識や情報を多く有していること、被告会社は本件熱量変更に伴い本件湯沸器の調整としてノズルを口径五〇〇〇分の三六〇〇の小さいものに交換し、内圧を水柱三九ミリメートルに下げることになつていたこと、被告会社作業員水島が昭和四九年一〇月七日熱量変更に備えて本件湯沸器の調整を実施したこと、被告会社再点検員が同年一〇月二四日本件湯沸器を再点検したこと、被告会社作業員田崎、田村の両名が同年一一月二五日本件湯沸器の再調整を実施したことは当事者間に争いがない。

2  右当事者間に争いのない事実、〈証拠〉を総合すれば、

(一)  被告会社は、本件熱量変更計画により、昭和四九年八月一日から同年一〇月一五日までの間、需要家約一二万八〇〇〇戸、ガス器具三七万九〇〇〇個について調整作業を行つたが、同月一六日の熱量変更後同月二〇日にかけて七名の死亡事故を含む一酸化炭素中毒事故が続発したため、被告会社は、東京ガスからの応援を受けて同月二〇日から同月末日にかけてガス器具の再点検作業を行い、右再点検作業で判明した不良器具について、主として同年一一月初めから同月末まで再調整作業を行つたこと

(二)  本件熱量変更に備えての調整作業は、ノズルを小さくするバーナーの内圧を下げる、バーナーの一部を取り替えるという方法によつて行われ、本件湯沸器については、メーンバーナノズル一〇個を口径五〇〇〇分の三六〇〇の2.3φノズルに交換し、かつ、内圧を水柱三九ミリメートルに下げる(本件熱量変更前の基準値は水柱四六ミリメートル)という方法によつて行われることになつており、右メーンバーナノズルの交換と内圧を水柱三九ミリメートルにすることにより、ガスの出る量は右調整前の七二パーセントとなり、本件熱量変更によりガスの熱量が三六〇〇キロカロリーから五〇〇〇キロカロリーに上昇しても、右調整によつて、本件湯沸器の酸素消費量その他の燃焼環境は、本件熱量変更前とほぼ同一の状態になることが予定されていたこと

(三)  しかしながら、被告会社は、本件湯沸器の調整として、メーンバーナノズルについては右のとおり正しく交換したが、内圧は、調整、再点検及び再調整作業を通じて水柱四九ないし五二ミリメートルに誤調整しており、右基準値三九ミリメートルに調整しなかつたこと

(四)  再点検作業は一酸化炭素の発生について前記のガス用品検定基準の六分の一の数値である二〇〇PPMを基準としてなされたが、本件湯沸器についても、昭和四九年一〇月二四日の再点検の際、一酸化炭素が右基準値以上発生するということで使用中止ラベルが張られたこと

(五)  同年一一月二五日に本件湯沸器についての再調整作業を行つた被告会社再調整員田崎幹夫、田村豊は、まず一酸化炭素検知器で検査したところ一酸化炭素を検知したこと、そこで右湯沸器を分解してワイヤーブラシで内胴の掃除をした後組立てて再度一酸化炭素を測定したところ検知されなかつたので、一時中止ラベルを取除いたうえ、代わりに「ご注意。ご使用の際は、必ず戸をあけて外気に通ずる窓をあけ、充分換気をしながらご使用ください」旨の記載のあるラベルを本件ガス湯沸器に張り、八〇一号室の居住者に口頭で「換気にご注意下さい。」と告げたが、本件ガス湯沸器の給排気設備については、被告会社から指示、命令されていなかつたこともあつて調査、点検等はせず、また、内圧調整が正しくなされているかの点検及び再調整についてもこれを行わなかつたこと

(六)  前記田崎幹夫、田村豊を含め、右再調整作業を行つた作業員の相当数は、右作業のため被告会社の関連会社等から集められたアルバイトであり、右作業については素人が多く、右田崎らもガス器具の調整等につき専門家ではなかつたところ、被告会社は同人らに対し、一酸化炭素の検知、炎の目視、内圧の調整、給排気設備に関する概要チェックなどの技術を一応教育したが、十分徹底したとはいえず、前記田崎幹夫らの一酸化炭素検知器の操作能力にも疑問なしとしないこと

(七)  ところで、ガス事業法四〇条の二(当時)によればガス事業者は通商産業省令で定めるところにより、その供給するガスに係る消費機器(解釈上、排気筒等附属装置を含む、以下同じ。なお、現行ガス事業法四〇条の二参照。)が通商産業省令で定める技術上の基準に適合しているかを調査しなければならず(同条二項本文)、右調査の結果、消費機器が右基準に適合していないと認めるときは、遅滞なく、右基準に適合するようにするためにとるべき措置及びその措置をとらなかつた場合に生ずべき結果をその所有者又は占有者に通知しなければならず(同条三項)、同法施行規則八四条によれば、右調査は三年に一回以上行うこと、同八五条によれば、右技術上の基準とは、ガス湯沸器の場合屋内に設置されているものには有効な排気が行われる措置が講じられていること、が規定されているところ、本件八〇一号室の排気設備についてのガス事業法四〇条の二第二項に基づく調査は、昭和四八年二月一六、一七日、昭和四九年四月五、六日に試みられたが、いずれも不在のため調査ができないとしてそのままになつており、セントラルコーポ建築後一度も行われていないこと

これらの事実が認められる。

3 以上の事実によれば、ガスの熱量を一立方メートルにつき三六〇〇キロカロリーから五〇〇〇キロカロリーに変更するような本件熱量変更においては、三六〇〇キロカロリーのとき安全であつたガス消費機器(ガス器具や排気設備)でも、右熱量変更後は酸素消費量が増大して酸素不足を生じ、一酸化炭素中毒を生じやすくなると推認されるところ、被告会社はガスに関する専門家であり、かつ本件熱量変更は被告会社の事業上の必要から行われたもので、消費者が熱量変更されたガスの供給を拒否する自由はないのであり、他方、消費者としては本件熱量変更によりガス器具や排気設備にどのような影響があるかについてはこれを知ることができないのが通常であり、他方、本件のように前記ガス事業法上の定期調査が行われていない例や、更には右調査に基づく通知や右通知に応じた措置が行われていない例のありうることよりして、ガス消費機器の中には、本件のように排気設備には欠陥があるけれども、たまたまガス器具(本件湯沸器がこれに当る)自体の性能が前記ガス用品の検定基準を大幅に上廻つていて(排出一酸化炭素濃度が大幅に低くて)大幅に安全側にあつたと推測されるため結果的には本件熱量変更前は事故もなく使用されていたものがあることは当然予想されるうえ、本件熱量変更に際し給排気設備についてはせいぜい概要チェックを行うにとどめていたものであるから被告会社には各ガス消費機器について本件熱量変更後、排気設備の不備により、一酸化炭素が多量に発生する場合があることを予想して変更後の熱量にも安全に対応できるように、熱量変更前とほぼ同一の燃焼環境(たとえば、酸素消費量等)が保たれるよう、ノズル交換、内圧調整等のガス器具の調整を行う義務があり、本件湯沸器については、前記二で認定したとおり、不備な旧排気設備のもとで、メーンバーナノズルを2.3φノズルに交換し、かつ、内圧を水柱三九ミリメートルに調整しておけば一酸化炭素の発生は致死量に達する程ではないのに反し、内圧が水柱四九ないし五二ミリメートルのときは致死量に達する程の一酸化炭素の発生があるものであるうえ、被告会社自身内圧を水柱三九ミリメートルに調整することを予定していたものでもあるから、被告会社は本件湯沸器につき、メーンバーナノズルを2.3φノズルに交換し、かつ、内圧を水柱三九ミリメートルに下げる義務があつたと解するのが相当である。そして、被告会社が本件熱量変更に際し、本件湯沸器について右のような調整方法を行うことを予定していたことよりしても、被告会社としては、右調整を行わなければ、多量の一酸化炭素が発生して本件のごとき一酸化炭素中毒事故が発生することにつき予見可能であつたと解するのが相当である。しかるに、被告会社は、調整、再点検及び再調整作業を通じてメーンバーナノズルは正規のものに交換したが、内圧を水柱三九ミリメートルに下げず、本件熱量変更前の基準値である水柱四六ミリメートルを上廻る水柱四九ないし五二ミリメートルに誤調整し、かつ誤調整したことをみのがし、本件事故を発生させたものであるから、被告会社には、右内圧の誤調整につき過失があつたということができる。もつとも、前記二3(1)認定によれば、被告会社の主張するとおり、本件湯沸器は、右誤調整後も前記ガス用品の検定基準を充たしていたものではあるが、前述したところよりすれば、右検定基準を充たしたとの一事をもつてしては、被告会社において未だ内圧誤調整の過失責任を免れることはできないといわざるをえない。

なお、右過失は、本件熱量変更のように被告会社の企業活動の一環として行われた場合は、個々の被告会社作業員の過失としてとらえるべきでなくむしろ企業自身たる被告会社の過失としてとらえるのが相当である。

4 さて、前記二によれば、たとえ被告会社に内圧の誤調整があつても、仮りに排気設備に不備がなかつたとすれば、本件事故は生じなかつたということはできるところ、これにつき鈴木哲也側の過失の点が問題となるかのごとくであるので、次に判断する。

排気設備については、被告会社はその改善についてガス消費者に対し、法律上の強制力を持たないから、ガスに係る消費機器(排気筒等附属装置を含む)については、ガス消費者が第一次的に自主保安の責任を負い、被告会社のガス事業法上の義務たる前記定期調査、通知義務は、ガス消費者の自主保安を補完する二次的間接的なものであると解されるが、本件湯沸器については、前記のとおり、セントラルコーポ建築以来本件熱量変更に至るまで旧排気設備のままで事故が生じなかつたものが、本件熱量変更後、内圧の誤調整とあいまつて本件事故が生じたものであるところ、前記のとおり、被告会社はガスに関する専門家であり、かつ本件熱量変更は被告会社の事業上の必要から行われたものであり、他方、消費者としては、被告会社の調査、通知がなければ(本件において被告会社が右調査、通知を尽していなかつたことは前記のとおりである)排気設備の不備の有無、程度について、とりわけ本件熱量変更によりガス器具や排気設備にどのような影響があるかについては、これを知ることができず、また、本件事故のもう一つの原因である前記内圧の誤調整についてもこれを消費者が調整することは到底不可能であるから、鈴木哲也側に右排気設備の不備につき過失があつたということはできない。

5  以上によれば、被告会社は、本件熱量変更を行うに際し、本件湯沸器について内圧を基準値に調整せず誤調整した過失により本件事故を生ぜしめ、鈴木哲也を死亡するに至らしめたということができる。

四被告国の責任

原告は、国家公務員たる通産局長は本件熱量変更計画及び作業について被告会社に対し、安全確保のため給排気指導等万全の処置が行われる様十分な行政指導をなすべきであつたにもかかわらず、これを怠つた過失があると主張する。

被告会社が既に昭和四九年三月の熱量変更計画の概要を札幌通産局に提出したことは当事者間に争いないところ、前出丙第一号証によれば、被告会社は右概要において内圧調整を行う旨報告していることが認められ、排気設備の調査・通告については、〈証拠〉によれば、本件熱量変更直後の死者を含むガス中毒事故の続発に対し、札幌通産局は被告会社に対し、同年一〇月二〇日通産局長名で調整を行つた全てのガス需要家のガス器具について総点検を早急に実施するように指示し、被告会社が再点検及び再調整作業を行つている間、その計画及び実施について逐一報告を求め、再点検及び再調整を完了した需要家の抜取り調査を行い、同年一二月四日には、給排気設備不良の需要家についての再巡回の実施状況及び計画について報告を求めていることが認められ、右認定に反する証拠はない。

右事実によれば、札幌通産局は少くとも本件事故以前に被告会社に対し、本件熱量変更に際し給排気設備等の安全性について一応の指導をなしていると認められ、これをもつて行政庁がなすべき義務を怠つたということはできないものといわねばならない。

そうすると、その余の点について論じるまでもなく原告の被告国に対する請求は失当である。

五原告の損害〈省略〉

六結論

よつて、原告の被告会社に対する本訴請求は前記五5記載の限度において正当であるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、被告国に対する本訴請求はすべて失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九二条、八九条を、仮執行宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(古川正孝 島田充子 富田善範)

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